「一条ってさあ、キレイだよな。」
俺はあまりに眠いと妙なことを言い出す癖があるらしい。
「何を今更」
…こいつも眠いんだろうか。
一条はコーヒーを飲みながら新聞を広げていた。
こいつが家に転がり込んでから毎月取るようになったソレ。
とはいっても金は一条が自分で払ってるんだから別に文句はない。
「否定とかするだろ、普通…」
「否定もなにも分かりきったことだろ?」
「あー…なんかいっそ清々しいな。」
一条は新聞から目を上げない。
向かいに座った俺からは見えないが、きっと読んでるのは経済か政治。いつもそこらへんは割と丁寧に目を通してるから。
芸能や番組表くらいしか拾わない俺とは違い、小難しい文字の羅列をサラサラと読んでいく姿が妙に様になっている。
頬杖をついて新聞の裏を眺めていると、女物の宝石の広告が目に入った。
「ピアスとかも似合いそうだな」
「やだよ身体に傷つけたくないし」
カイジくんみたいに、と一条が付け足す。
確かに、よく考えると好き好んで身体に風穴開けるってんだからマゾもいいとこだ。
しかもその穴に宝石ぶっ刺してハイ綺麗でしょ、なんて馬鹿馬鹿しい。
「ミロのヴィーナスってあるだろ。」
「わあカイジくんらしくない単語」
「……あれは腕が無いから綺麗なんだと。」
「うん。」
パサリ、と音を立てて新聞が机に置かれた。
何事かと一条を見るとその両目はこちらを見ている。
「で?腕を削げって?」
その視線にビビりながらも違う違うと首を振った。
「つまり…不完全な方がいいってこともあんだよ。」
なんだその理論。自分で言ってて良く分かんね。
とりあえずこっちを睨みつけてくる一条が怖い。すごく怖い。
「いや、傷が付けたいだけだろ。」
うわその笑顔やめろよマジで怖えぇ
「いるいる、そういう奴。アレだろ、道端の花を意味もなく折るタイプ」
…いや道端のベンツのエンブレムは貰うけど。
「キズなら付いてるさ、カイジくんのお陰で沢山。足りない?」
一条の言葉に思わず顔を顰めた。
こんなにキレイな一条のどこに傷があるのだろう。
「良く分かんねえけど…似合う、と思う。ピアス。」
チラリと一条の耳へ視線を移す。
「開けたい?」
「開けたい。」
聞いたのが一条で、答えたのが俺。
いや…開けたい、か?一条の耳に?穴を?
空いてたら綺麗だな、と思っただけだ…多分。
「俺も開けたい。右ならまだ傷ついてないだろ?」
「……え」
頼むから笑いながら俺の耳を凝視しないでくれ。
つーかさっきまでお前の話だったろ。いきなり矛先を変えるな。
「さてカイジくん、ここに安全ピンがあります。」
「おい待て」
「ちょっと煮沸消毒してくるよ」
そう言って一条は安ピンを手に台所へ消えた。
「何もカイジくんだけとは言ってない」
「当たり前だっ…!」
「カイジくんが右なら俺は左にしようかな。」
「え、なんで?」
「だってピアス一つ買ったら揃いで付けられるでしょう」
「…おかしくねえかそれって。」
色々。
「さあ?分からないな。俺は元々おかしいから」
一条の左手が、俺の右の耳に触れた。
「氷とか」
「要らない。」
いや要るかどうかは開けられる奴が決めるもんだろ。
「痛い方が忘れなくて良い」
「…ふうん」
まあ別に良いけど。
ブツリ
「…い…ってぇ!」
当然のことながら、ぽたぽたと血が滴る。
慌ててティッシュで押さえながら止血した。
「痛かった?」
「…思わず叫ぶくらいには」
「泣いてくれるかと期待してたのに。残念」
真性のサドかこいつは。
血がある程度止まったのを見て、俺は二本目の安ピンを手にした。
一条は黙って髪を耳に掛ける。
やっぱり綺麗だ。肌とか白いし。
このピンで刺したら…
痛い、と思う。俺痛かったし。
血も出るだろ。人間なんだから。
あと、傷がつく。
「ほら早く」
「…お前よくひと思いに刺せたよな。」
「だってカイジくんだし」
殴ろうかと思ってやめた。そういえばピン持ってた危ねえ。
「なに、もしかして戸惑ってる?」
「いや…だって綺麗だから」
綺麗だから、傷付けたくない。
でもキレイだから傷付けたい。
なんて、どう考えてもおかしい。
「早く」
あー…こんなことならピアスなんて言わなきゃよかった。
「じゃあ…刺すからな」
指先からリアルな感覚が伝わってきて、持っていた針が一条の耳を貫いた。
「……。」
深紅な雫が溢れて零れた。
一条は特に何の感想もなしに、ティッシュで耳を押さえる。
「…痛くねえの」
「言っただろ?カイジくんには傷つけられ慣れてる」
いや、痛いんだ
痛いはずなんだ
俺も痛かったから。
「明日は仕事の帰りにピアス買ってこようかな。ほっといたらすぐ繋がっちゃうし」
「やっぱりソレはおかしいって。」
「煩いなあ。だから、元々おかしいんだよ。」
そして、沈黙。
否、時計の秒針の音だけ。
「痛かっただろ、やっぱり。」
傷つくのは誰だって痛い。
俺も沢山傷付けられてきたから分かる。
いや、一条の痛みはあくまで一条だけのものだけど。
「痛い、ってカイジくんに言うくらいなら腹切って死ぬよ」
どこの時代の侍だ。
あとそのプライド。邪魔だからどっかに捨ててくればいい。
「まあ痛かったらまずは報復だよね。基本。」
「…こえぇ奴」
また沈黙。
否、時計の秒針の音だけ。
「あ、そうだ」
一条は何か思い出したように言った。
「好きだよ、カイジくん。殺したいくらい愛してる」
「それは…」
それは執着だ。
お前を傷つけた俺への恨みだ。
お前は倒錯している。それは愛なんかじゃない。
と、言えればよかったのに
「俺も…好き、だ。一条…」
「馬鹿犬。それは同情だ」
一条はキッパリと吐き捨てるように言った。苛々してるようにも聞こえる。
同情?憐み?そう言う類の感情なのだろうか。これは。
知らない。どうでもいい。
俺のが同情ならお前のは執着だ。怨恨だ。
「いいだろ、そんなのどうだって」
俺がそう言った途端、一条の目つきが変わった。
「訂正しろ。聞かなかったことにしてやる」
馬鹿か、と思う。
そんな下らないプライド。
だけど
「…悪かった。訂正する」
こうしなければ、終わる気がした。
「どんなのがいい」
「…え?」
「ピアス。」
「一条が、好きなやつ…で良い…。」
「ふうん。」
そしてまた、沈黙。
否、時計の秒針の音と、涙が床に落ちる音だけ。
馬鹿。馬鹿だ馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿…
なんでこんなに上手くいかないんだろう。
歯車は軋みながら速さを変えない。
textに上げようかどうしようか、というネタ。でも少し前の一カイと矛盾しているので…
うーん…。別物として上げてもいいのでしょうか。
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「カイジさん」
「また何処から入ってきやがった…不法侵入って知ってるか?」
「そんなことより。お年玉」
………はて。
何を言ってるんだこのガキは。
「何だって…?よく聞こえなかったんだが…」
「だから。お年玉」
…聞き間違いではないようだが、全く会話の要領を得ていないと思うのは俺だけだろうか。
「…お年玉がどうした。」
「ちょうだい。」
……。
「誰が」
「カイジさんが」
「誰に」
「俺に」
………。
「何の為に」
「世間では元旦には子供は大人に小遣いを貰うと聞いた」
「…へえ。それは知らなかった」
「欲しい」
「知らねえよ!何で見ず知らずのガキに渡さなきゃなんねえんだよ…!!」
「…名前は赤木しげる。」
「知ってるよ…!」
「今カイジさんの目に映っているのは俺。」
「わかったよ!確かに見ず知らずじゃねえな!俺が悪かったよ…!」
「欲しい。」
「だぁっ!家族だろ!家族に貰うだろ、普通は!」
「…カイジさん」
「な…何だよ。」
途端に目を伏せたアカギに、少しうろたえる。
「俺に家族は居ない。」
「え……」
「だからお年玉が貰えない」
「……そうだったのか。」
少しだけ、後悔。
あと、アカギもやはり人の子だったのかという驚きが少し。
「まあ…袋もねぇし、少しだけど…」
そう言って財布を取りに立ちあがろうとする。
「金は要らない。」
「はっ……!?」
確かにアカギなら有り余ってるだろうが。
「じゃあ何が要るんだ…!」
「……鍵。」
かぎ。カギ……鍵…?
「鍵って…」
「ここの鍵が欲しい。」
「いつも勝手に開けて音もなく入ってくんじゃねえか!」
「…でも欲しい。」
「意味分かんねえ…」
「くれないなら居座るけど」
「何っ!?」
「カイジさんの手料理が楽しみだ」
「いやいやいやどこ突っ込んでいいのかすら分かんねえよ…」
「カイジさん」
手のひらを上にして手を差し出したアカギにイライラしつつも、部屋の合鍵を探しに行く俺は馬鹿だ。大馬鹿だ。
「…鍵やったら帰るんだな?」
「まあ…今日のところはね。」
棚の中から、鍵。
溜息をつきながら投げる。
「…ありがとう、カイジさん」
………。
微笑んだ顔に脳の活動が停止する。
何故かは知らない。
「あー…なんだ、餅あるんだけど…食ってくか?」
「すぐ帰らなくてもいいの?」
「…うるせえ、気が変わったんだよ」
「そういうことなら…いただきます。」
台所へ行ったところで、背後から聞こえる笑い声。
「甘いな…」
「え、砂糖がいいのか?砂糖醤油?」
「いえ、餅の話じゃありませんよ…。」
じゃあ何の話だ、と呟きながらも餅を焼いていく。
「あけましておめでとう、カイジさん」
「おう、おめでとう…。
…あー、まぁ迷惑この上ないが、来たくなったら…来てもいい…かも。」
「…ありがとう」
鍵とこの台詞を返してほしいと切実に願うことになるのは近過ぎる未来。
「おう、おめでとう…。
…あー、まぁ迷惑この上ないが、来たくなったら…来てもいい…かも。」
「…ありがとう」
鍵とこの台詞を返してほしいと切実に願うことになるのは近過ぎる未来。
ドロドロと黒く黒く、墨を塗りたくるように
穢していく
汚していく
きたねえな、と呟いて
満たされたから嗤った
キレイだったから悪いんだ
あんまり透明だったから汚したくなった
誰にでもあるだろ?
道端に鮮やかな花があれば折ってみたくなるだろ?
なに、笑ってんのかよお前
ふざけんな
俺は涙が止まらないってのに
俺は謝らない
お前が悪いんだ
お前が好きとか言うから
俺だけが好きとか言うから
本当にそうなればいいと思ったんじゃねえか馬鹿野郎
何故か急に、目の前の黒く淀んだナニカに
以前のような執着は無くなった
そうだ、これはアカギじゃない。
こんなのはただの人形だ
それも木偶なんて高等なものでなく
泥人形だ
俺は怒りに任せて泥の塊を握りつぶした
好きだった
どこまでも綺麗で、突き抜けるように透明なお前が
お前だけが
大好きだったんだ。アカギ。
ありえn(ry
アカカイ?カイアカ? もうよく分かりませorz
優しいキスに涙が出た
「好きだよカイジさん」
甘い言葉が耳に流れて、俺を体の芯からゆっくり溶かしていく。
あぁ、これは毒だと思う
「カイジさんだけ、大好き」
震える手で、その口を覆った。
これは嘘だから。
聞けば聞くだけ俺をボロボロに壊していく毒だから。
アカギは勝手だ。
アカギは嘘つきだ。
アカギは我儘だ。
「泣かないで、カイジさん」
いつの間にか、やんわりと腕を掴まれて
嘘しか言わないアカギの口を覆っていた手がどかされていた。
「大丈夫だよ。大好きだから。」
そんなのは嘘だ。
だけど
「俺は、アカギが、大嫌いだっ……!」
俺も嘘つきだ。
こんなにも命を軽率に扱うアカギは
きっといつか、俺を残して先に逝く
そうなっても別にこいつは少しも感じないだろう
未練とか
後悔とか
感傷とか
俺は
アカギみたいにはなれない
アカギが大好きだから。
「俺はカイジさんのこと好きだよ。」
嘘だ
嘘、嘘、嘘……
「アカギ、ひとつだけ…」
「なに?カイジさん」
「アカギがしぬ時は、その前に俺をころしてくれ」
アカギは少しだけ困ったように笑った
いいだろ別に、それくらい。
これは罰だ
嘘つきなお前と
嘘つきに騙された俺への罰だ
涙は枯れない
嘘と同じように、深く深く嵌っていく
カイジさんにも病んでもらおうと(ry
子供のように泣きじゃくる俺の前で
困ったように笑う男が一人
俺は何故か泣いたまま
ふざけんなとかころしてやるとか
安っぽい文句を並べていて
男はそれでもずっと困ったように
笑っていて
どうして泣いていたんだ、俺は
あー
アレか、多分。
男が言った
『明日からここには来れない、だからもう会えない』
好きだったんだ、ソイツが。
名前はなんだったかな
とりあえず俺は嫌だったからさ、もう会えなくなるのが
だから、持っていたナイフで
でも今考えると愚かだよねえ
恋愛感情で涙を流すなんてさ
それにしてもアイツの名前なんだっけな
全然思い出せないや。
でもさあソイツ、笑ってた気がするんだよ
最期の最後まで
俺は泣いてたと思うけど
ホント最期まで憎たらしい奴。
俺は泣いてたと思うけど
ホント最期まで憎たらしい奴。
もはや一カイでもなんでもない。(←